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先生と妻、その28、妻は毎日、明るく私を送り出してくれる

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先生と妻、その28、妻は毎日、明るく私を送り出してくれる

男が家庭訪問にやって来なくなって、半月あまりが過ぎた。

私は再就職をし、新しい職場にも徐々に慣れてきたところだ。

私は宅配会社に就職した。重い荷物を車に積み降ろしし、

一軒一軒の顧客の元へと配達する。

一つ一つ、一軒一軒配達しないと仕事は終わらない。

道に迷うこともある。雨が降ることもある。

私はこの仕事が気に入ってしまった。

まるで生き方を指南しているような仕事だ。

一つ一つ、解決していく・・・。

私と妻は、互いに見ているだけで幸せを

感じるほどの生活を始めだしている。

新しい仕事についても、妻は応援してくれている。

前のように安定した収入ではない。

それでも妻は毎日、明るく私を送り出してくれるのだ。

妻は、私が男と死闘をして、

男を入院させたことを感づいているかもしれない。

何しろあの死闘の夜、私はボロボロの服装で帰宅したのだから。

妻は何も言わなかったが、何も思わないわけがない。

それはつまり、私に、妻と男の関係を知られていると、

気づいているということだ。

一つ一つ、解決していくのだ。

たまたま進む道にあった穴にはまって、

そこから這い出してまた進むことを諦めてどうする。

落とし穴なんていくらでも出てくるかもしれない。

私は妻と二人で、一つ一つ這い上がっていくのだ。

妻の父親のように、進むこともせず、

何もかも投げ出してはいけない。

あの男、峰垣のように、たった一つの落とし穴に執着して、

出て行った夫人を許すことも頭を下げることもしないで、

身を滅ぼしてはいけない。

そうだ、私は妻と歩んでいくのだ。

しかしあの男は、どうして私の名前を出さなかったのか?

そんな事を思ったのは、配達中に、堀田から聞いた、

あの男が入院している病院の近くを通りかかったからです。

そして私は、病院内に車を入れていた。駐車場に車を止め、

病院の大きな建物を見た。

私はため息をつきながら、病院の入り口に向かいました。

一体何をしようというのだ。

男に、なぜ私と堀田の名前を出さなかったか聞くというのか。

馬鹿なことだ。あの男のプライドでもあろう。

襲われて落とされたなど、あの男の自尊心が許さないのだ。

やめよう。そう思って、入り口の手前できびすを返し、

車に向かおうとした時です。

私は視線を感じて、横を向きました。

車イスに乗った、パジャマ姿の、白髪が目立つ初老の男性が、

目を見開いて私を見ていました。あの男だ。峰垣だ。

「ひいぃっ!」

男は、怯えきった目で私を見ていました。

そして、震えるような声を出して、車イスの向きを変え、

逃げるように必死に車輪をこいで行くのです。

私を何度も振り返るその目は、恐怖の目でした。

男が建物の角に姿を消した時、

私はあまりの虚しさに目がくらみました。

私がとどめを刺しにきたとでも思ったのか。

馬鹿な。ならばなぜ、私の名前を出さなかった。

私を社会的に葬る事が出来た筈ではないか。何故だ・・・。

もういい。仕事に戻ろう。

私は駐車場に戻り、車に乗り込みました。

ほんの数秒、タイミングが狂えば、

私は違った人生を歩んでいっていたかもしれません。

荷物を取ろうとでもして、後ろを振り返って、

前を歩く妻を見逃していたりしたら・・・。

エンジンをかける指先が震えて止まりました。

妻が、駐車場を横切って、病院に入っていった。

何しに、来たのだ?何しに?指先の震えが、全身に広がりました。

私は車を降りて、走った。








先生と妻、その27、「帰ろう、家に」「はい、あなた・・・」

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先生と妻、その27、「帰ろう、家に」「はい、あなた・・・」

妻が青ざめて、うつむきました。

唇を噛んでいる。怒りのように見えました。

突然、顔を上げ、

「馬鹿っ!!」と叫んで、立ち上がって、出て行ってしまったのです。

せっかく私が守ったものを・・・そう思っているのだろうか?

・・・でも、仕方ないじゃないか・・・

翌朝未明、私は隣のベッドで寝る妻を起こさないように、

そっと起き上がり、寝室を出て、かばん一つで家を出ました。

そっと。

振り返らずにバス停に行き、始発に乗り込んだ。

辞表は、帰ってから出せばいいだろう。

どこか、行った事のない所へしばらく行くのだ。

だが、こんな事をしても、無意味だ。虚しいだけだ。

でもどうしようもない。駅に向かうバスの中で、

私はそう思っていました。

そんな私の虚しい灰色の壁を蹴飛ばし突き破ったのは、妻だったのです。

私の妻だったのです。

バスの左側の車線を、物凄いスピードでタクシーが追い越していきました。

私は何気なくそれをみていました。

そしてしばらくすると、バスがクラクションを鳴らして、

急ブレーキを踏んだのです。

まばらな車内。もし立っている乗客がいれば、吹き飛んでいたでしょう。

「何やってんだっ、あんたっ!!危ないだろうっ!!」

運転手が窓から顔を出し、叫んでいる。

乗降口の扉が、ドンッドンッと激しい音を立てていました。

誰かが叩いているのか?

車内が騒然としました。プシューと扉が開きました。

「おいっ!ふざけるなよ、あんたっ!いったい・・・うわっ!」

私は愕然としました。

バスに勢いよく乗り込んできたのは、妻だったのです。

腹を立て立ち上がろうとした運転手を、

妻はバックを振り回してひるませると、

私の元に走ってきました。目が釣りあがって必死の形相でした。

「あなたっ!!降りてっ!お願いっ!!来てっ!!」

妻は私の手をとり、逃げるように走りました。

走り続け、止まった時、私の襟首をつかんできたのです。

「どうしてようっ!?あなたっ!!」

「・・・・・・」

「何で出ていくのようっ!!」

「しょうがないんだっ!」

「来てっ!!」

妻は私を、建物の中に押し込みました。

そこはラブホテルだった。

私たちはホテル街に入り込んでいたのです。

妻は小さな窓から鍵を受け取り、私をエレベーターに押し込んだ。

エレベーターを降りてランプの点灯する番号の部屋に私を突き入れると、

また叫びました。

「私を一人にしないでようっ!あなたがいないと、生きていけないっ!

何もいらないっ!あんな家なんか要らないからっ!

あなただけは何処にも行かないでっ!

父みたいになりたくないっ!なりたくないのぉっ!

あの男みたいにぃっ!!」

「!!!」

妻が私に、あの男のことを口にした。

無意識に違いないが、口にした。

血が沸騰しました。妻の歓喜する肉体がよみがえり、

激しく嫉妬が燃え上がりました。

男との死闘で吠えていた私の内の野獣が、

今度は妻に向かって吠えました。

「うおおっ!」

「あなたぁっ!」

私は妻をベッドになぎ倒し、妻を転がしながら服を脱がせました。

ブラジャーを剥ぎ取り、パンティ-をむしり取りました。

白く美しく柔らかい乳房につかみかかり、イ

チゴ色の乳首に噛み付きました。

「あはあっ!あなたぁっ!」

「お前は俺の妻だぁっ!しゃぶれぇっ!」

「あなたぁっ・・・うぷうっ・・・」

 妻を抱き起こし、唇に勃起をねじ込みました。

喉に向かって腰を振りたてる。

妻は涙を流し涎を垂らしながら、それに応じる。

「お前は俺の妻だっ!判るかっ!」

「うぷっ・・・はぷっ・・・くぷうっ・・・」

妻は、私の勃起を咥えながら、頭をコクリコクリと振り、

わかっていますわかっていますと、意思を示す。

激しくフェラチオしながら、目を私から反らさない。

「ぷっはあ・・・あなたぁ・・むぷう・・・」

「出るぅっ!」

「むふうっ!」

妻のすぼまる頬の中で、ドクドクとはじける私の勃起を、

妻は吸い続ける。目を反らさない私と妻。

私の精をごくりと飲み込んだ妻は、

私を呼びながら私の腰にしがみついてきました。

「あなた・・はあは・・・あなた・・・はあはあ・・・

あなたぁ・・・」

「うおおっ」

妻を押し倒し、腿を思いきり開き、濡れた妻の女性部にむさぼりつく。

舐めまわし、クリトリスを吸い尽くす。

「うはあっ!あなたの妻ですからぁっ!

あふうっ・・・お好きなところを使って下さいぃっ!

うふうんっ・・・前でもぉっ、後ろでもぉっ・・・

前でもっ、お尻でもぉっ・・・はうんっ」
 
「いくぞぉっ!」

「あなたぁっ!」

私は恐ろしい復活力を見せる勃起を、

妻の膣に当てがい、一気に押し込みました。
 
「うんふうっ!」

のけぞる妻を突きたて、抜いた。

そして今度は、アナルに当てがう。

妻の愛液で濡れた亀頭で、可憐なすぼまりを押し開く。貫く。

「ひいぃっ!あなたぁっ!ひいいぃっ!」

妻の直腸を奥まで貫いた私は、膣の中にも指を突っ込みました。

捩れるように締まるアナル。ひくつく様に締まる膣。

クリトリスを圧迫した時、妻が吠えました。

「もう駄目ぇっ!こんなの初めてぇっ!イッちゃうっ!

お尻でイッちゃうっ!」ブシュウッ!

膣から指を抜くと、妻は潮噴きしました。

ぶしゅぶしゅと噴出す淫水。

ギュウウッ・・・とアナルから私の勃起が押し出されたのです。

恐ろしい収縮。私は抜けた勃起を、間髪いれず膣に貫き入れました。

「ひぐうぅっ!あなたぁっ!壊れちゃうっ・・・

壊してぇっ・・・あなたぁっ」

あなた、あなた、あなた・・・妻は髪を振り乱し、爪をつきたて、

何度も私を呼びました。あなた、あなた、あなた・・・

「あなたぁぁっ!!」

そうだ、私たちは夫婦だ。壁の大きな鏡に、私と妻が映っていました。

凄まじい性交だ。私がのぞき見続けた、

家庭訪問のあの男と妻の性交以上の凄まじさだ。

躍動と迫力では敵わないだろう。でも根本的に違う。

夫婦のセックスの凄まじさだ。

あの男では決して作れなかった凄まじさ。
 
あなた、あなた、あなた・・・妻が口に出す言葉が、

私の中に入り、夫として燃え勃起し持続しました。

妻の手を握り締め、指を絡め、腰を打ち続けました。

妻と目を合わせ続け、確認しながら腰を振り、締め付けあいました。

夫婦なんだ。絶対に離さない。何処にも行かない。

「あなたイッちゃぅっ!!」

「うぬうぅっ!」

私と妻は、並んで手をつないで仰向けになり、天井を見ていました。

どのくらいそうしていたでしょうか。

私はむしょうに我が家に帰りたくなったのです。

妻は、男との関係を、私が知っていると思っているのだろうか?

逆に、男の負傷に、私が関係していることを感づいているのか?

「あなた・・・私、帰りたいわ・・・」

妻がそう言って起き上がりました。

怖い。妻を失うのが。何も聞くまい、言うまい。

それが間違っていても、怖いんだ。妻もそう思っているからこそ。

私と妻は激しく愛しあえる。

破綻の扉をこじ開けてもしょうがないじゃないか。

私は起き上がり、妻に言いました。

「帰ろう、家に」

「はい、あなた・・・」




先生と妻、その26、妻を取り戻した、本当に、そうなのだろうか・・・?

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先生と妻、その26、妻を取り戻した、本当に、そうなのだろうか・・・?

男は、家庭訪問に現れなくなった。

堀田からの連絡で、男が入院していることを知りました。

かなりの重症らしい。脊髄を損傷して、車イスで移動しているらしいが、

立って歩けるようになるには、長期間のリハビリが必要らしい。

学校、剣道道場でも大きな話題になった。

あの立派な先生が、酔っ払って非常階段から転落したと、

動揺する人が少なくなかった。私の息子、健太もその一人だ。

あの男は、私と堀田のことは口にしていない。

自分ひとりでやった過失という事になっている。

私の家に、平穏な日常が戻ってきました。

日常は平穏だが・・・なんだこの、ぐじゃぐじゃに絡まりあって

整理しきれない苛立ちは。何が起こっていたんだ・・・。

堀田は、金をゆすり続けるあの男の処分を私に押し付けようとしていた。

恩人であり、ゆすり魔である男に、葛藤していた。

あの男、峰垣は、調査費の為に教え子をゆすってまでして、

家を出た夫人の日常を興信所に調べさせていた。

それほど未練がありながら、なぜ追いかけなかったのだろうか?

厳格な男のプライドなのか?戻ってきてくれと言えないはけ口を、

私の妻に向けたのか?私の妻の肉体をむさぼり奪い続けることで、

本当に必要な夫人の存在を忘れようとしていたのか。

愚かな男だ。忘れる事が出来るわけがないだろう。

愛するパートナーを、忘れることなんて。可哀想な男だ・・・。

可哀想な男・・・。妻は、男の事情を知らなくても、

そんな匂いを自分の父親と重ね合わせてしまっていたのか?

家族の愛を受けられずに、放蕩していた父親と、

夫人に捨てられた男。

私を助けるために、肉体を男に捧げたのは、そうに違いない。

最初はそうに違いない。

それから、男に哀れなほどの影を見つけ、

言いなりな献身を奉仕していたのか?

しかし妻は、同時に、女として目覚めていっていた。

私はそれを目の当たりにした。

男の猛々しさ、手練手管、持続力に、

悶え喘ぎ、男と絡み合い、性器をむさぼり合い、

絶叫し、歓喜していた。最後の家庭訪問で見た、

妻の腰を振りまくり、男をも圧倒していた姿は、

女の淫乱な開花の姿として、

私の脳裏に焼きついてしまっている。

妻の肉体を開花させた男・・・

私はその男と戦って勝った。

勝って妻の元に戻った。

妻を取り戻した。本当に、そうなのだろうか・・・?
 
「あなた、もう下げていい?」

「ああ、ご馳走さま。美味しかったよ」

平穏な日々のある夜、夕食後、私は妻と向き合いました。

私に呼ばれた妻は、少し怯えていた。

「な、何?は、話って・・・」

「実は、今の仕事を辞めようと思っているんだ」

「ええっ?」

妻が、肉体を犠牲にしてまで守ろうとしてくれた、

私の立場。私はそれを、捨て去りたかった。

そうでもしないと、頭にこびりついた、

妻の躍動する白い肉体が消せないと思ったのだ。

「そんな、いきなり・・・」

「もう、決めたんだ」

「辞めて、どうするの?それから・・・」

「まだ判らない。しばらく、何もしたくないんだ。

ゆっくり、旅でもしてもいいと思っている」
 
「・・・・・・」

妻が青ざめて、うつむきました。

唇を噛んでいる。怒りのように見えました。

突然、顔を上げ、

「馬鹿っ!!」と叫んで、立ち上がって、

出て行ってしまったのです。

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先生と妻、その25、妻の声が止めてくれたんだ。

私の背後から飛び出し、男に棒を持って向かっていったのは、

堀田だったのか・・・。

だが私は驚きは出来ませんでした。

男との死闘の後で、魂が抜けた抜け殻のようになっていたのです。

ただ堀田を見ている、そんな感じでした。

だから私は、堀田の言うなりになってしまっていました。

堀田は、左の肩の下辺りを手で押さえていました。

血がにじんでいる。男に傘の先で突かれた箇所だ。

堀田は、しっかりとした口調で、てきぱきと動いていました。

周りに人の目がないか確認して、倒れている男の元に屈み、

男の状態を見ながら、携帯電話で、救急車を呼んだのです。

そして、私の腕をつかんで、

「さあ、もう行きましょう。お願いです、私の言う通りにして下さい。

ここを離れるんです。さあっ」
 
私は、堀田に腕を引かれ、引きずられるように歩きました。

堀田と私が雑居ビルから出て、人込みに入った時、

救急車のサイレンが聞こえてきました。

その時堀田が、先生・・・、と呟いたのを覚えています。
 
いつの間にか、私は職場の役所へと連れられてきていたのです。

堀田は、通用口の扉を鍵で開け、私を引っ張って中に入った。

私は、堀田の課の部屋へと連れて行かれた。

私をデスクに座らせた堀田は、私にコーヒーを入れ、

自分も座ったのです。コーヒーを一口すすった時やっと、

抜け殻だった気持ちがはっきりとしてきました。

やっと、こう言う事が出来たのです。
 
「堀田さん、どうしてあなたが、あの場にいたのです?

「懐かしいですね。十年前も、ここでこうして、話し合っていた。

あなたと私は」

「え?」
 
「私が横領した金を、どうするか、頭を使ってくれていたじゃないですか。

夜ここで二人で話しながら」
 
「・・・・・・」
 
「申し訳ないことをしました。私はあなたの名前を言ってないと言ったが、

はっきりした自信がないのです。

ただもう夢中で、先生に相談していたから。

だから・・・きっとあなたの名前を口走ったんだ。

そうでないと、あなたが峰垣先生の名前を知ってる筈がない。

あなたはあの時、私を呼び出した時、峰垣先生の事を、

はっきりと言ったでしょう。

私は馬鹿ですよ。すぐに気づかないんだから。

後でハッと気づいたのです。・・・・・・あなたも、

脅されていたんですね、峰垣先生に」
 
「脅す・・・?あなたも・・・?」
 
「そうです。金を強要されていたのでしょう、私と同じで。

それでとうとう我慢できなくなって、

今夜、先生の居場所を聞くような電話をしてきたのでしょう。

私はその時先生といたのです。

要求されていた金を渡すために会っていたのですよ。

私は、先生に、これからあなたと会うことになったと言った。

あの雑居ビルの8階の店で会うのだが、金がもうないので、

いったん家に戻って出直してくると言って、先生と別れたのです。

私は、あの雑居ビルの8階が廃墟なのを知っていた。

あなたもそうだが、先生もびっくりしたでしょうね。

私は先生とあなたが、あそこで鉢合わせて・・・

あなたの電話の口調は、切羽詰っていた・・・だから期待していたのです、

あなたが先生を・・・だけど、堪えられなくなって、

戻ってしまった・・・先生は私の恩人なのに・・・」
 
「堀田さん・・・あんた・・・」

 堀田は、苦しそうに頭をかきむしりながら、話しつづけた。

まるで教会でざんげをするように、長々としゃべり続けたのです。

「私が先生に、横領した過去がある事を相談した時、

先生は、過去の過ちは忘れて、

これからは世の中の為に精一杯働けと言われた。

私はその言葉に励まされて懸命に働きましたよ。

それからしばらくして、

先生は私に、金の工面を願ってくるようになったのです。

道場の運営費用が足りないとか言っていました。

はじめは小額だったのです。それが次第に・・・私が難色を示すと、

私の過去の事を、知られては困るだろうと・・・

はっきり脅したのです。あの先生がっ!尊敬する恩人がっ!」

堀田は立ち上がって、窓のほうへ歩いていき、外を眺めた。

そしてまた、話しつづけるのです。

窓に映る堀田の顔は、歪んでいました。

「私はどうしようもないゴロツキでしてね。

ある時、傷害事件の冤罪を被せられたのです。

どうせお前がやったのだろうと、

まわりの大人は、白い目で私を見ましたよ。

しかし先生だけは私を信じてくれた。私の冤罪を晴らそうと、

四方八方、足を棒にして飛び回ってくれました。

私を先生の家にかくまってくれたりしてね、

その時奥さんにも、本当に世話になった。

私の無実がわかったとき、

優しい奥さんは、泣いてくれましたよ・・・くっ・・・」

堀田が、窓ガラスに額をコンッとぶつけた。

歯を食いしばって、涙声に鳴り出した。話しつづける。

「そんな先生がどうして私に金の脅迫を?

私は金を払い続けながら気づいたのです。

先生の家に、奥さんの姿が見えなくなっているのを。

それで独自に調べました。興信所を使ったのです。

奥さんは、男を作って、先生の元を離れていた。

それで、やけになって、飲み代に使う金かと思いました。

でも違うのです。奥さんは、やがて男とも分かれた。

そして、転々と、住む所を変えているようなのです。

先生は、そんな奥さんの生活を、

興信所に調べさせて毎月報告させているのです。

ずっと、いまでも。奥さんの毎日の生活、健康状況・・・

とても教員の給料では、興信所の請求額に応じきれるものじゃない。

それで、私や、あなたに・・・あなたもそうでしょうっ!

私と同じで、多額の金を先生に要求されることに疲れたんでしょうっ!

私にだって家族があるんだっ!先生の気持ちは判るがっ!いつまでも・・・。

あなたもそうでしょうっ!ええっ!?

それで先生をつけ狙ったのでしょうが!?」

私の方を向いた堀田は、笑っていました。

あの男、峰垣に苦しめられていたのが、自分だけじゃないという安堵で

笑っていたのか?

それとも、あの男、峰垣を最後に叩き落したのが、

自分じゃなくお前だという責任転嫁なのか?

たぶん両方だろう・・・。
 
私があの男に奪われ続けたのは、金なんかじゃない。

金で変えられるものじゃない。

「私が先生に飛び掛っていったのは、あなたじゃ無理だと判断したからだ。

見たでしょう、私が吹き飛ばされたのを。

もし私が出なければ、あなたは先生に・・・。

そうなれば、これからは、私一人でどうやって・・・」
 
「どうして私を、最後に止めたんだ?

私はナイフを持っていたんだぞ」
 
「私は苦しいんだっ!先生は尊敬する恩人だっ!

でも昔の先生じゃないっ!くそうっ!」

堀田は笑っているんじゃなくて、苦痛で歪みすぎているんだ・・・。

そう思いながら私は席を立ちました。

堀田はうずくまって、頭を抱えながら鼻をすすっていた。

我が家の灯りが見える、ゴミ捨て場まで来て、

ポケットから取り出したナイフを捨てました。

すると途端に、ボロボロと涙が出てきたのです。

そうだ、このナイフを使わなくて良かった。

もう、あの灯りの元に帰れなくなるところだったじゃないか。

妻の声が止めてくれて良かった。

私は、さっきの堀田のようにグジュグジュと鼻をすすりながら、

我が家の門の前まで辿り着きました。

門扉をキイ・・・と開いた時、玄関の明かりがポッと灯ったのです。妻だ。

そうだ。妻は結婚してから、私を出迎えてくれなかったことは一度もない。

そう思いながら、開く玄関をじっと見ていました。



 

先生と妻、その24、死闘

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先生と妻、その24、死闘

私の前方の床に、私以外の大きな影が映りました。

人影だっ!その人影の両腕が、ぐわっと上に挙がったのです。

バリバリと、ビニールの音がしました。

そして、私の人生で初めての、死闘が始まったのです。

頭から何か被せられ、視界が白く遮られました。

コンビニの袋だっ!そう思った瞬間、物凄い力で壁に叩きつけられました。

側頭部を強く打って、床に倒れこんだ私の胸に、強い衝撃が打ち付けられてくる。

「うおおぉ・・・」

呻き必死で頭から袋を取った私の目に、足を持ち上げる、あの男が映りました。

ドカッ!ドカッ!ドカッ!男は持ち上げた足の裏を、私の頭や腹を狙って叩きつけるのです。

頭を防ぐ腕の間から男の顔を見ました。

真っ赤な獣の目だ。

殺意の塊だ。その直後、私の内の野獣が吠えました。
 
「うおおおっ!!」
 
男の腰にぶつかり、しがみつきました。

そして、ポケットの中のモノをつかんだのです。

『だめえぇっ!』

胸の中に、妻の声が響きました。

頭の中に、妻の顔が閃きました。

悲しそうな顔で頭を振っている妻の顔でした。

ポケットの中のモノを離した瞬間、腹に男の膝がめり込んだのです。
 
「うげえぇ・・・」
 
ドカッ!ぐしゃっ!
 
崩れ落ちた私の後頭部に、男の足が落ちてきました。

意識が薄らいできた私の首を締めるようにつかんだ男は、

私の体を非常階段のドアの外に向かって放り投げたのです。
 
ガンッ!ガンッ!
 
非常階段の鉄の踊り場の柵に打ち付けられた私の目に、

目がくらむ様な階下が見えました。8階・・・。

ドカッ!どすっ!ドカッ!
 
再び足の裏を打ち下ろす男。

男は、最初から私をここに誘いこむつもりだったのだ・・・。

8階・・・この高さなら、十分に私を・・・。

私が気を失った後に、私を抱え上げ・・・。
 
朦朧とする意識の中に、今日の昼間、学校の駐車場の車内で、

絡み合う妻と男を覗き見するため身を隠していた、南洋の巨木が浮かび上がりました。

その巨木の根っこ・・・地面から浮き出て腐っていた・・・。

男が、必要以上に足を高く持ち上げたのです。

もう私に抵抗の意思がなくなったと思ったのでしょうか?

巨木の根っこに被さる様に、男の、持ち上げていない方の足に目が行きました。

私の内の野獣が、また吠えました。
 
「おおおぉっ!!」

 私は、男の足首に肩からぶつかり、思いきり体をひねりました。

男の巨体が、ぐらついて、男が始めて、声を上げました。
 
「うわあっ!!」

ガシャンッ!ドガンッ!ガガンッ!
 
男の巨体が、階段を転げ落ちていき、下の踊り場に叩きつけられました。

私は這いながらビルの中に入り、フロア全体を見回し、

そして、照明の電源を見つけ、スイッチを切ったのです。
 
パッ・・・と、フロアが暗くなりました。

非常口の場所を示す緑の電灯だけがほの暗く点いている。

カカン・・カカン・・カカン・・・非常階段を上ってくる音が響きます。

男が、中に入ってきた。

ほの暗い照明に照らされた男の額が、黒くなっている。

血だ。そして、落ちていたのでしょうか?

破れた傘を手にしていたのです。

男はその長い傘を、竹刀のように正中に構えた。

顔の半分を血に染めながら、私を見据えている。隙がない・・・。

私は、勝てるのか・・・?あの男に勝って、家に、妻の元に帰れるのか・・・?

その時、男の視線が、驚いたように、私の後ろに注がれたのです。

「せやあぁっ!!」
 
けたたましい雄たけびとともに、黒い人影が私の後ろから飛び出し、

男に向かっていきました。棒を手にしている。

そしてその棒を、男に振り下ろした。
 
「ひええぇっ!」
 
男が叫び、振り下ろされる棒を傘で受けた。

そして、数秒間、つばぜり合いをした後、
 
「ふおおっ!」
 
男が、相手を壁に叩き付けたのです。そ

れから傘の先で、相手の胸の辺りを突いた!
 
「ぐうう・・・うううぅ・・・」

苦しそうにうなるその相手を背に、男は再び私の方を向きました。

浮かび上がる男の恐ろしい目。私はその瞬間、スイッチを押しました。

パッ!急に点いた照明に、男が目を細め、私から顔をそむけたのです。

私の内の野獣の、最後の咆哮。

「うぅおおぉっ!!!」

私は頭から、男に突進しました。

男が傘を上段に振り上げたのが、私に幸いしました。

私の頭が、男の顎にぶつかり、グシャッ!と、骨が砕ける音がし、

私は吠えながら、男の巨体を押し続けました。
 
「うおおっ!おおおっ!」

 私は男を、非常階段に押し出し、柵に背中をぶつけて呻いた男を思いきり振り回しました。

そして、私の体が浮き上がりました。
 
ガガンッ・ガガンッ・ガガンッ・・・
 
私と男は、もつれながら階段を転がりました。

いや、私は男に飛び乗っていたので、衝撃を受けたのは男の方だったのです。
 
「ううぅぅ・・・」

踊り場まで落ちた私と男。男が、血だらけの顔を持ち上げました。

手のひらを広げて、私に向かってくる。

そう思った時、男は泡を噴いて、ガクリと崩れ落ちたのです。

その後、じっと動かない。

「はあはあはあはあ・・・」

私は荒い息を吐きながら、柵にしがみつき、立ち上がり、

うつ伏せで動かない男を見下ろしました。

男の背中は、服が破れ、血まみれになっている。

そこら辺に転がっているビールビンの破片や尖った石ころで負傷したのだろう。

私はポケットに手を入れ、中のナイフをつかみました。

『あなた・・・』
 
また、妻の悲しそうな顔が浮かびました。

「くそう・・・」
 
ポケットから出さずに、私はナイフをぐっと握り締めました。その時、
 
「大丈夫ですか?」
 
頭上から、人の声がして、
 
「もう、止めて下さい」
 
と、階段を下りてきたのです。

「堀田さん・・・」

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先生と妻、その23、幸せよ、貴方、、今度は私が守って見せるわ、

私は、我が家から数十メートル離れたゴミ捨て場で、

堀田にかけていた携帯電話を閉じました。

私の決意は、ゴミ捨て場に捨てられているそれを見た時、

固まったと言っていいでしょう。

男が妻に残していった、アナル挿入具が、

バラバラに壊されて捨てられている。

妻がやったんだ。

妻のアナル・・・絶対に渡すものか。私のものだ。

私の内側にもこんなものがあるのか・・・私は驚いていました。

私の中で、恐ろしい顔をした野獣が牙を剥いているのです。

私の内側に混在する、男に爪を向ける野獣と、妻への感情。

妻を幸せにしたい・・・私がっ!あの男では決してないっ!私だっ!

『可哀想な人ぉっ!』

『恨んでなんかいなかったのにぃっ!』

妻は男にまたがり腰を振りながら、そう叫んでいた。

その時私は、妻の本当の姿を見たような気がしたのです。

妻が叫んだ言葉は、初めて聞いた言葉ではなかった・・・。
 
妻は、私との結婚生活で、自分の生い立ちを少しずつ話してくれました。

そして決まって、妻の両親のことに行き着くのです。

暴れ者で酒乱で、金を持ち出すギャンブル狂いの父親。

哀れなほどその父親の言いなりで、殴られてばかりいる母親。

学校もまともに出してくれなかった両親。

病気で疲れきっていた母親は、結婚の報告をした後、

急に亡くなってしまった。

私が会う前だった。孫の顔を見せたかったのにと、妻は葬式で泣いた。

その時、父親はいなかった。

多額の借金を家族に残して、数年前に失踪していたのだ。

水商売でその借金を半分以上返済していた妻は、私と結婚してからも、

私に謝りながら、私の給料から返済していた。

自分の家族に不幸の苦しみの原因を作った父親。

その父親の話になると、妻は不思議と、穏やかな顔になった。

そしてこう言うのです。

 
『父は、可哀想な人なの・・・恨んでなんかいなかったのに、

何処かに行ってしまって・・・孫の顔を見たら、

変われるかもしれないのに・・・何処にいるのかしら?可哀想な人・・・。

でも、こんな気持ちになれるのも、あなたと結婚して、健太を産んで、

幸せな家を持てたからだわ。

有り難うあなた。私は今幸せよ。

あなたのおかげで父の借金も全て返せた。

あなたに何かあったら、

今度は私が、守ってみせます。何をしてでも・・・』

妻は、私のどうでもいい、社会的立場を守るため、

あの男に肉体をむさぼられだした。

そしていつの間にか、自分の暗い過去にも貪られている。

あの男に、父親の影を見ているのだろうか?

私を守るため、可哀想な父親を哀れむ心で、女の肉体をあの男にぶつけて・・・

妻の肉体はもう限界に違いない。妻はもう、壊れてしまう。

私は、もう一度我が家の灯りを見てから、

家とは反対の方向に歩き出しました。

堀田が話していた、駅の近くの飲み屋街を、

離れたタクシー乗り場から見ていました。

そして、一軒の飲み屋から堀田が出てきた。

続いて、あの男も、出てきた。
 
私は離れて、しかし決して目をそらさず、二人の後を追いました。

堀田が男に頭を下げて、男と別れた。タクシーをつかまえたのです。

男は堀田を見送ると、また飲み屋街を歩き出した。

そして、雑居ビルに入ったのです。

ビルの中のスナックにでも入るつもりなのだろう。

私はエレベーターが8階で止まるのを確認すると、

1階に降りてきたエレベーターに乗り込みました。

そして、8階を押した。
 
チンッ・・・エレベーターのドアが開くと、

私はポケットに手を入れました。

中に忍ばせているものを握り締め、そして、呆然としました。

8階の飲み屋やスナックの看板は、どれも明かりがついていない。

それどころか人気がまったく感じられなかったのです。

この階の店はすべて、潰れている。

廃墟の階だ。廊下の奥の非常階段のドアが半分開いて外の夜が見えている。

私はドアに歩いていき、外の様子を伺おうとしました。その時・・・

背後に人が立った気配がしたのです。背筋に冷たい汗が流れました。

追い詰められようとしていたのは、私の方かも知れない・・・

そう思って鳥肌が立ちました。

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