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先生と妻、その24、死闘

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先生と妻、その24、死闘

私の前方の床に、私以外の大きな影が映りました。

人影だっ!その人影の両腕が、ぐわっと上に挙がったのです。

バリバリと、ビニールの音がしました。

そして、私の人生で初めての、死闘が始まったのです。

頭から何か被せられ、視界が白く遮られました。

コンビニの袋だっ!そう思った瞬間、物凄い力で壁に叩きつけられました。

側頭部を強く打って、床に倒れこんだ私の胸に、強い衝撃が打ち付けられてくる。

「うおおぉ・・・」

呻き必死で頭から袋を取った私の目に、足を持ち上げる、あの男が映りました。

ドカッ!ドカッ!ドカッ!男は持ち上げた足の裏を、私の頭や腹を狙って叩きつけるのです。

頭を防ぐ腕の間から男の顔を見ました。

真っ赤な獣の目だ。

殺意の塊だ。その直後、私の内の野獣が吠えました。
 
「うおおおっ!!」
 
男の腰にぶつかり、しがみつきました。

そして、ポケットの中のモノをつかんだのです。

『だめえぇっ!』

胸の中に、妻の声が響きました。

頭の中に、妻の顔が閃きました。

悲しそうな顔で頭を振っている妻の顔でした。

ポケットの中のモノを離した瞬間、腹に男の膝がめり込んだのです。
 
「うげえぇ・・・」
 
ドカッ!ぐしゃっ!
 
崩れ落ちた私の後頭部に、男の足が落ちてきました。

意識が薄らいできた私の首を締めるようにつかんだ男は、

私の体を非常階段のドアの外に向かって放り投げたのです。
 
ガンッ!ガンッ!
 
非常階段の鉄の踊り場の柵に打ち付けられた私の目に、

目がくらむ様な階下が見えました。8階・・・。

ドカッ!どすっ!ドカッ!
 
再び足の裏を打ち下ろす男。

男は、最初から私をここに誘いこむつもりだったのだ・・・。

8階・・・この高さなら、十分に私を・・・。

私が気を失った後に、私を抱え上げ・・・。
 
朦朧とする意識の中に、今日の昼間、学校の駐車場の車内で、

絡み合う妻と男を覗き見するため身を隠していた、南洋の巨木が浮かび上がりました。

その巨木の根っこ・・・地面から浮き出て腐っていた・・・。

男が、必要以上に足を高く持ち上げたのです。

もう私に抵抗の意思がなくなったと思ったのでしょうか?

巨木の根っこに被さる様に、男の、持ち上げていない方の足に目が行きました。

私の内の野獣が、また吠えました。
 
「おおおぉっ!!」

 私は、男の足首に肩からぶつかり、思いきり体をひねりました。

男の巨体が、ぐらついて、男が始めて、声を上げました。
 
「うわあっ!!」

ガシャンッ!ドガンッ!ガガンッ!
 
男の巨体が、階段を転げ落ちていき、下の踊り場に叩きつけられました。

私は這いながらビルの中に入り、フロア全体を見回し、

そして、照明の電源を見つけ、スイッチを切ったのです。
 
パッ・・・と、フロアが暗くなりました。

非常口の場所を示す緑の電灯だけがほの暗く点いている。

カカン・・カカン・・カカン・・・非常階段を上ってくる音が響きます。

男が、中に入ってきた。

ほの暗い照明に照らされた男の額が、黒くなっている。

血だ。そして、落ちていたのでしょうか?

破れた傘を手にしていたのです。

男はその長い傘を、竹刀のように正中に構えた。

顔の半分を血に染めながら、私を見据えている。隙がない・・・。

私は、勝てるのか・・・?あの男に勝って、家に、妻の元に帰れるのか・・・?

その時、男の視線が、驚いたように、私の後ろに注がれたのです。

「せやあぁっ!!」
 
けたたましい雄たけびとともに、黒い人影が私の後ろから飛び出し、

男に向かっていきました。棒を手にしている。

そしてその棒を、男に振り下ろした。
 
「ひええぇっ!」
 
男が叫び、振り下ろされる棒を傘で受けた。

そして、数秒間、つばぜり合いをした後、
 
「ふおおっ!」
 
男が、相手を壁に叩き付けたのです。そ

れから傘の先で、相手の胸の辺りを突いた!
 
「ぐうう・・・うううぅ・・・」

苦しそうにうなるその相手を背に、男は再び私の方を向きました。

浮かび上がる男の恐ろしい目。私はその瞬間、スイッチを押しました。

パッ!急に点いた照明に、男が目を細め、私から顔をそむけたのです。

私の内の野獣の、最後の咆哮。

「うぅおおぉっ!!!」

私は頭から、男に突進しました。

男が傘を上段に振り上げたのが、私に幸いしました。

私の頭が、男の顎にぶつかり、グシャッ!と、骨が砕ける音がし、

私は吠えながら、男の巨体を押し続けました。
 
「うおおっ!おおおっ!」

 私は男を、非常階段に押し出し、柵に背中をぶつけて呻いた男を思いきり振り回しました。

そして、私の体が浮き上がりました。
 
ガガンッ・ガガンッ・ガガンッ・・・
 
私と男は、もつれながら階段を転がりました。

いや、私は男に飛び乗っていたので、衝撃を受けたのは男の方だったのです。
 
「ううぅぅ・・・」

踊り場まで落ちた私と男。男が、血だらけの顔を持ち上げました。

手のひらを広げて、私に向かってくる。

そう思った時、男は泡を噴いて、ガクリと崩れ落ちたのです。

その後、じっと動かない。

「はあはあはあはあ・・・」

私は荒い息を吐きながら、柵にしがみつき、立ち上がり、

うつ伏せで動かない男を見下ろしました。

男の背中は、服が破れ、血まみれになっている。

そこら辺に転がっているビールビンの破片や尖った石ころで負傷したのだろう。

私はポケットに手を入れ、中のナイフをつかみました。

『あなた・・・』
 
また、妻の悲しそうな顔が浮かびました。

「くそう・・・」
 
ポケットから出さずに、私はナイフをぐっと握り締めました。その時、
 
「大丈夫ですか?」
 
頭上から、人の声がして、
 
「もう、止めて下さい」
 
と、階段を下りてきたのです。

「堀田さん・・・」

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