夫婦慕情、その8、初めての口づけ
夫婦慕情、その8、初めての口づけ
亜希子さんは、私の背中にしがみつき、顔を押し付けて泣きました。
(龍ちゃん!あの人死んじゃうよォー!死んじゃうよォー!…)
背中で泣きじゃくる亜希子さんは、
ありったけの力で私にしがみつき、泣きました。
私は、衝動的に亜希子さんを抱きしめ、
亜希子さんの唇に自分の唇を重ねたのです。
私には初めての口づけでした…。
真綿の中を荒い息遣いと、亜希子さんに抱きしめられ、
体中に電流が走ったのを記憶しています。
女性の身体があんなにも柔らかく、
漏れる喘ぎ声は私を勇気づけたのです。
私の下で身体をくねらせ、しがみつく亜希子さんを、
愛おしくてたまりませんでした。
嵐のような時間が過ぎ、私は我に返ると、
痛烈な後悔が襲ってきたのです。
{ごめん…亜希子さん…ごめん…}
とっさに口をついて出てきたのは、謝りの言葉でした。
(うぅん…龍ちゃんが悪いんじゃないわ…謝らないで…)
亜希子さんは、私を下からしっかり抱きしめてくれました。
{俺……ずっと亜希子さんが好きだったから…}
初めて口にしたのでした。
(うん……)
薄い暗闇の中で、お互いを抱きしめながら、
沈黙と会話が繰り返えされました。
(あの人…お腹に水が溜まり始めたの……末期だって…)
{えッ?…水?}
(…うん…苦しんでた…ぅぅ…)
亜希子さんの目から涙があふれ出ているのがわかりました。
裏切った!…私は里治さんを!…裏切った!!
いたたまれない思いが込み上げてきました…。
私の胸も張り裂けそうになり、涙がこぼれ落ちていました。
(肝臓癌もあるかも知れないって…
今の医学では手の施しようがないと言われたの…)
亜希子さんは嗚咽を交えながら話してくれました。
その一言一言が、私の胸に突き刺さり、
逃れるように亜希子さんの唇を求めました。
亜希子さんの舌も私の舌に絡みつき、
再び柔らかい身体を求めあったのです。
夜が白々と空け始めるまで、
私は亜希子さんを離しませんでした。
恋い焦がれていた亜希子さんと、ひとつになれた高揚と、
里治さんを裏切った後悔とで、私の頭は千々に乱れていました。
(龍ちゃん…もう帰らないと…会社の人に見つかっちゃうわ…)
何度も私を受け入れてくれた亜希子さんは、私を気付かって言いました。
{俺…今日は休むよ…}
(だめよ…それはだめ…私も少し寝るから…帰らなきゃだめ…)
{亜希子さんを独りにしておけないよ…}
(ありがとう…大丈夫だから…少し休んだら、
病院に行くから…だから、お願い…
会社には、ちゃんと行って…)
亜希子さんは、私を抱きしめながら言いました。
カーテン越しの、朝の明かりが、
亜希子さんの白い身体を浮かび上がらせていました。
思い描いていた以上に、亜希子さんの乳房はふくよかで、
小指の先ほどの丸い乳首は、淡いピンク色をしていました。
{わかった…じゃあ帰るけど…仕事が終わったら、また来るからね…}
私は半ばすねたように言いました。
(うん…待ってる…)
私は、もう一度亜希子さんに口づけをして、起き上がりました。
(龍ちゃん…ありがとう…うれしかったわ…)
{俺……本当に…ずっと前から…亜希子さんが好きだったんだ…
(うん…)
なんて可愛い人なんだ…この人のためなら、俺…
何でもできる…そう思ったのです。
寮に帰って、少し寝たのですが、
目覚めた時には、すべてがパッ!と明るく思えたのです……が…
夕方が近づくにつれて、里治さんを裏切った事実が、
重くのしかかってきたのです。
それは亜希子さんをも襲い、贖罪の気持ちと、走り始めた、
狂おしいほどに求める肉欲とに苛まれることになったのです。