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夫婦慕情、その1、出会い

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夫婦慕情、その1、出会い

私は高校を卒業し、小さな電気部品の工場に作業員として

勤めるようになりました。

職場の先輩達は私を呼びます。

「おい、瀬戸、昼飯、食いにいくど」

そこで、初めて、今泉さんの営む食堂にいったのです。

お世辞にも、きれいなお店という訳ではありませんが、

町工場の近くとあって、若い私達にとって、ボリュームは魅力的でした。

それに、もうひとつ…先輩達がこの店に通う理由が、

今泉さんの奥さん、亜希子さんでした。

初めて先輩達に連れて行かれる前、先輩達は口々に言ったのです。

[なあ瀬戸…今から連れて行く食堂は、

飯も旨いけどな、嫁さんがめちゃくちゃいいんだ。

色が白くてなあ…まあ見ればわかるが、スゲー色っぽい女でよお…

あの親父に、なんであんないい女がくっついたのかなあ…]

と言っていたのです。

先輩五人に連れられ、店に入ると…

「いらっしゃいませー」と白いエプロン姿の女性が、

お盆に水の入ったコップを五つ、直ぐに持って来ました。

これが亜希子さんとの初めての出会いでした。

この時、亜希子さんは三十…二・三だったはずです。

頭に白い三角巾をかぶり、エプロンの袖を肘まであげていました。

「今日は何にしましょう?」

ニコニコと微笑みながら注文をとる亜希子さんの姿は、

今想いだしても胸の奥底にツーンとした甘酸っぱい

小さな痛みを感じるのです。

亜希子さんが私達の注文をとり終え、後ろを振り向くと、先輩達が…

「おい瀬戸!見ろ!あのケツ!見ろ!」

先輩達の声に、亜希子さんを見ると、黒いタイトスカート?…

それも膝下まである…

今思えば、なんてことのない姿なんですが、

多少お尻の輪郭がわかる程度でした。

「なッ!…いいケツだろ?…あの出ッ尻…外人の女みてーだろ?」

五人連れの先輩達の中に、

ひとりだけ五十年配の仲井さんという方がいました。

普段は私を含めた若手を指導する立場の方でしたが、仕事が終わって、

寮でコップ酒を呑みながら、

戦後直後の時代を、面白可笑しく話してくれた人でした。

仲井さんが独り言のように…[蛇みてぇな女だなあ…]と言いました。

先輩のひとりが…{蛇?…何が?…仲井さん…何が蛇みたいなの?}と聞くと…

[あの嫁さん…まとわり付くような柔らけぇ身体をしてるよ…

乳首なんかぁピンク色してんなあ…]

コップの水をチビチビと含みながら、眼は亜希子さんの後ろ姿をジィーっと

見つめて言ったのです。

{仲井さん…そんなことまでわかるんですか?…}とひとりが問うと…

[馬鹿野郎…俺が何人の女とやったと思ってんだ…間違げーねぇよ…

あのキュッと上がった唇とか…ほら、見てみろ…足首が細いだろうよ…

あんな女はなあ、穴の絞まりも抜群にいい女だ…

まして…いいか?…ああ言う肌をした女を、もち肌って言うんだ…

旦那は毎晩大変だア…へへへ]

酒の席で仲井さんがみせる、

エロ話しさながらに、ヒソヒソと話してくれました。

その頃の寮には、テレビもなく、愉しみといえば、

ラジオから流れる歌謡曲と仕事が終わって

先輩達と飲む二級酒か焼酎でした。

話題の中心は仲井さんのエロ話しでした。

先輩達は皆、二十歳そこそこで、私が一番年下でした。

[お前ら、女とやったことあるのか?]

仲井さんは酔うと目がすわり、ひとりひとりの顔を見据えて聞くのです。

[あっ、そうか…隆司は連れて行ってやったなあ…]

隆司と呼ばれた先輩は

赤線と呼ばれていた売春宿に仲井さんと行き、筆おろしを済ませたと、

何度か聞いていました。

[お前は?]と、仲井さんは私に聞いてきました。

{ありません…}

あるはずもありません…

その頃の私は、田舎の友人や先輩達から聞く女体に、

強烈な刺激を受けるものの、

肝心の性器がどんな形なのか?…想像の世界でした。

[そうかぁ…まだ知らねぇのか…まあ、まだ早いかなあ…

その内連れて行ってやるよ…]

[おーい、白蛇を見に行くけど、行く奴はいるかあ?]

寮の風呂上がりに仲井さんがみんなに声をかけたのですが、

この日、先輩の何人かは、

仲井さんからこっぴどく叱られて、誰も返事をしなかったのです。

[ケッ!胸クソの悪りィー…おい!龍一…お前は!?…]

私は仕方なくついて行く羽目になったのです。

いつの間にか、私達の間では、

亜希子さんを"白蛇"と呼ぶようになっていました…

それは"白蛇伝"という小柳留美子が主演の映画が上映されたの

もきっかけだったかも知れません。

その夜の仲井さんは妙に優しく、店に向かう道すがらも…

[いいか龍一…あの仕事のコツはな…こうなんだ。

明日から俺が付きっきりで教えてやるからな…]

と言ったのですが、そんなことはありませんでした。

亜希子さんの店に行くと、ガラーンとしていて、客は私達二人切り…

亜希子さんと旦那さんらしき白衣を着た男が、

テーブルをはさんで座っていました。

(あっ…いらっしゃいませー)

「いらっしゃい!」

突然の来客に二人は直ぐに立ち上がり、

男の方はそそくさと、奥の厨房に入って行ったのです。

[どうしたの…客は俺達だけ?]と仲井さんが言うと…

(そうなんですよ…月給日前ですからね…

あら…今日は新人さんとお二人ですか?)

まぶしいほどの笑顔と白い歯が、

目を閉じると今でも想いだされます。

[あ…そうか…ちゃんと紹介してなかったなあ…

龍一…ほら、自己紹介しろ!]

仲井さんに急かされて…

{あっ!はい!龍一です…あっ、

瀬戸 龍一です!よろしくお願いします!}

私は最敬礼をしたようです。のちに亜希子さんは、

この日の私を真似て、よくからかわれました。

(まあ…ご丁寧に…あなたァーちょっときてー。

仲井さんとこの新人さんよー)

旦那さんの里治さんと挨拶を交わしたのも、この夜が最初でした。

最初はおとなしく飲んでいた仲井さんが、

うほどに悪い癖が出るのに時間はかかりませんでした。

[なあ…奥さん…ここらでボン!ボン!っと出た若けぇ女の子はいねぇかい?]と、

両手を胸と尻の前で山を造って亜希子さんに聞き始めたのです。

亜希子さんは、ニコニコと笑いながら…

(あら…仲井さんって、奥さんも子供さんもいるんじゃなかったの?)

[俺じゃあねぇよ…こいつ…哲だよ…まだ女も知らねぇからよぉ…]

(え…あははは…龍一さんの方なの?…大丈夫よ…仲井さんが心配しなくても、

今に可愛い彼女が出来るから…ねぇ龍一さん…)

私は亜希子さんの顔をまともに、見ることが出来ませんでした…

そして仲井さんに無性に腹が立っていました。

[お前、なに赤くなってんだよ…

心配するな、俺がいい女を紹介してやるから!]

とんちんかんな、独りよがりの解釈をする仲井さんに

私は本当にムッ!としたのです。

それを察したのか…

亜希子さんは、まったく別の話題に逸らしてくれたのです。

(龍一さん…お生まれはどちらなの?)

私は、子供の頃から、他人と争う事が嫌で、つまるところ…

黙ってしまっていたのです。

おとなしい男と思われていたようで、この頃も、

休みになると、独りでの行動が多かったのです。

{あっ…はい…広島です…}

(あら…私も主人も山口県なの…お隣りね…)

{ご主人もですか?…}

(そうなの…田舎だと仕事も無いしね…)

[駆け落ちってか?…]

仲井さんは相当酔っていました。

(駆け落ち?…あはは…汽車を乗り継ぎ、乗り継ぎ来たから、はた目には

そう見えたかもしれないわねぇ……主人とは従兄弟同士なの…

私の父があの人の父親の弟…あの人が兵隊に取られる前に、

バタバタと結婚してね…)

[子供はいねぇのか?]

(欲しいんだけどね…)

[ふ~ン…そりゃあ、可愛がってもらい過ぎじゃあねぇのか…]

仲井さんは、コップ酒をあおっては、一升瓶から手酌して飲んでいました。

(あら、そうかしら…あはは…気をつけなきゃあ…)

酔っ払った仲井さんを亜希子さんは上手くあしらっていました。

(休みの日は何してるの?)

亜希子さんの目に見詰められると、

なぜか、どぎまぎしたのを想いだします。

ラジオを聞くか、洗濯…かなあ。釣りに行ったり…}

(釣に?…海に?)

いえ…川です…多摩川に…}

(そう…主人も川釣りするのよ…荒川らしいけどね)

奥さんは一緒に行かないんですか?}

(たま~にね…主人は鯉専門なのよ…じぃーと浮きを見てるだけ…

話しかけると叱られるから…)

叱られるから…と言う亜希子さんの顔は、

うれしそうな笑顔でいっぱいでした。

{僕も鯉釣りはするんですよ…鯉は人影や音にも敏感だから…}

(うん…主人がいつもそう言って、叱かるの…

だから一緒に行ってあげないの、うふふ)

亜希子さんは、厨房にいるご主人に聞こえるように

、わざと声を上げて話しました。

(今度一緒に行ってあげて下さいよ…お弁当は私が作るから…

腕によりかけて…ねッ!)

亜希子さんは、私の顔を覗き込むほどに近づけて、

ねッ!と言ったのです。

甘い香りがして…成熟した女性が、こんな近くまで…

経験したことのないドキドキ感を、この時、私は味わったのです。

夢見心地でした…、仲井さんの言った言葉に、

気分を害していたことなど、

どこかに吹っ飛んでいました。

(ねぇ…あなた…ちょっと…ねぇ-)

亜希子さんの呼ぶ声に、奥の厨房から旦那さんが出てきました。

亜希子さんは、私のことを、あらかた旦那さんに話すと…

「へぇ…広島なの?街中はもう大丈夫なの?」

旦那さんは、1945年、広島市に落とされた"原爆"を言っているのです。

{見た目は…だいぶ…}

「そう…あっ…釣り一緒に行こうよ…多摩川なの?」

旦那さんは、話しを逸らせてくれました…

原爆投下時、五歳だった私にも胸の奥底に記憶があります。

{ええ…田舎でもよくやってましたから…}

「俺はもっぱら鯉なんだよ…龍一君はなに釣るの?」

{あっ…鯉も釣りますよ…"はや"とか"うぐい"なんかも…何でもいいんです}

「ははは…竿を出して浮きを見てるだけで落ち着くんだよねぇ…」

亜希子さんの旦那様、里治さんも、とても気さくな方でした。

この夜を境に、私は今泉ご夫妻と、

急速に久しくさせていただくことになったのです。

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