夫婦慕情、その15、水口の子かも知れない
夫婦慕情、その15、水口の子かも知れない
お見合いの相手は建設会社に勤めていて、実家の会社は兄が継いでいたそうです。
見合いをしたその日の夜には、紹介者を通じて、正式に亜希子さんと結婚を前提に
交際をしたいと申し込みがあったのです。
私は、始めて亜希子さんに怒りを感じました。
[だから言ったじゃないか!]
私は亜希子さんを怒鳴りました。
正直に言うと、今でもこの事は、記憶から消し去りたい出来事でした。
(断ったわよ!断ったけど、紹介してくれた人の立場もあるでしょ!)
亜希子さんもすごい剣幕で怒り反してきました。
(いつまでも子供みたいなこと言わないでよ!私達が結婚なんてしたら、
私の家族と里治さんの家族は大変なことになるのよ!…
そんなこと、わかってるはずじゃない!)
始めての喧嘩でした。
それからしばらく、亜希子さんは口をきいてくれなくなったのです。
私が硬貨を表にして渡しても、黙って釣銭を裏にして返すのです。
何とか修復しなくては…
私は何度も夜中、亜希子さんを訪ねましたが、店の戸は閉まったままでした。
龍ちゃん、ちゃんと水野さんには断ったわ…心配かけてごめんね…)
亜希子さんの言葉に私は喜びました。
ただ、私はこの時、亜希子さんの体に変化が起こっているのを知るよしもありませんでした。
突然、うッ!と、口を押さえて嘔吐を訴え始めたのです。
(最近、ご飯の炊き上がりの匂いとは、タクワンの匂いを嗅ぐと、気持ち悪くなるのよ…)
{胃が悪いんじゃないの?…里治さんも、最初は胃潰瘍からだったんでしょ?}
(うん…病院に行ってくるわ…)
私も亜希子さんも、妊娠という事は全く考えていませんでした。
なぜなら、亜希子さんは里治さんと結婚して十数年、私とも五年の歳月が流れていたからです。
その間、一度も妊娠をしたことがなかったからです。
しかし、検査の結果は妊娠でした。
私は喜びました。"青天のへきれき"とは言え、嬉しくて、嬉しくて舞い上がっていました。
(ちょっと待って…そんなはずない…)
{間違いないよ!先生がそう言ったんだろ?}
(そうだけど…ちょっと待って…)
亜希子さんは明かに動揺していました。
{何だよ…待ってって何だよ…俺達の子供が出来たんじゃないか…
両親もわかってくれるよ…}
私はてっきり、亜希子さんがご両親や里治さんのご両親をはばかって、
動揺していると思い込んでいました。
違ったのです。
意を決した様に…(龍ちゃん…話しがあるの…)と言ったのは、
妊娠がわかって五日くらい後でした。
(ごめんなさい…お腹の子は…龍ちゃんの子供じゃないかも知れない…)
私は亜希子さんの思い詰めた姿と言葉に、一瞬で地獄に突き落とされた気がしました。
{なに!?…今…なんて言った!?}
(わたし…あの…水口に……水口の子かも知れない)
{水口の!?……だって…断ったんじゃないのか!?}
驚天動地!…私の言葉は怒りに震えていたと思います。
(断ったわ…それは本当よ…あんな卑怯な男だとは思わなかったから!)
???…亜希子さんの言葉と、
お腹の子が水口の子供かも知れないと言った亜希子さんの言葉の矛盾に、
私の頭は混乱しました。
{わかる様に話せよ!…何を言ってるのかわからないじゃないか!}
普段、こんな言葉遣いをした事のない私でしたが…
亜希子さんの話しは、およそこんな話しでした…。
私と仲たがいしていた亜希子さんは、
水口からの結婚の申し込みを断るために、紹介者を交えて三人で会ったそうです。
それ以前に四回のデートを重ね、水口本人には、その都度、申し込みを断り、
紹介者の顔は立てたつもりだったそうです。
しかし、水口は亜希子さんに舞い上がり、何としても亜希子さんと結婚したい…
と紹介者に泣きついたらしいのです。
そして、亜希子さんは最後のつもりで、
紹介者と水口に(私は子供のできない体で、結婚できません)と告げたそうです。
しかし、紹介者も水口も、子供は出来なくても構わない…
結婚して欲しい…の、一点張りだったそうです。
この話しを繰り返し、堂々巡りに陥った亜希子さんは酔い、
気が付いたら素っ裸でベッドの上…
そばで寝ていたのは水口だったそうです。
慌てて飛び起きた亜希子さんは、水口に(卑怯もの!)と罵り、
部屋を出たのだそうです。
この話しを思い出す度に、私は亜希子さんのうかつさにいらつき、
水口には、腹わたの煮え繰り返る思いがするのです。
次の日、紹介者は亜希子さんの元を訪ね、
水口が責任をとらせて欲しいと言っていると告げたそうですが、今
回ばかりは、亜希子さんも紹介者を追い返したそうです。
話しを聞き終わった私は、打ちのめされました。
亜希子さんは悔しさと己の馬鹿さ加減に泣き崩れました。
(だから私…この子は産まない)
亜希子さんはそう言いました。
フェアリーターボ
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