夫婦慕情、その11、世間の目なんてどうでもいい
夫婦慕情、その11、世間の目なんてどうでもいい
私達二人はトボトボと帰路についたのですが、
いつもの亜希子さんと違って、なにか考えているようでした。
(龍ちゃん…私…帰ったら、実家とか、あの人の家に電話するから…)
{うん…そうだね…じゃあ…俺、ここで帰るね}
私達は店の前で別れました。
寮に帰ると、先輩達が部屋で酒盛りの最中でした。
<おっ…色男!>
酔った先輩の一人が、私をからかうように言いました。
{よして下さいよ…そんなんじゃあないんですから}
私はぶっきらぼうに言いました。
[旦那の具合はどうなんだ?]めずらしく仲井さんが、
まともな質問をしてきました。
{見舞いに行ってきたんですが…あまり良くないです…}…と、
今日の様子を話しました。
[そうかあ…じゃあ、あの店は閉めることになるのか?]
私は、仲井さんが多少なりとも心配をしてくれていると思っていました。
{まだ、そんなことまで決まってないと思いますよ…}
と言うと…
[でもよぉ…あの白蛇、まだ三十位だろうよ…
独り身じゃあ身体がもたねぇよ、身体が…]…
私は、店の切り盛りが亜希子さんひとりでは大変だと、
心配してくれている…そう思い込んでいました。
[まあ、あの身体と可愛さだ…回りがほっとかねえか]
と言ったのです。
やっぱり!…仲井さんの話しはお店の心配ではなく、
亜希子さんを酒の肴にしていただけだったのです。
[龍…お前、手伝いに行ってるけど、一回くらいやらせてもらったのか?…]
ニヤニヤ笑いながら仲井さんは私を肴にし始めました。
[なに言ってるんですか…こんな時に!}
<仲井さん、龍は絶対もうやってますって!…
朝方帰って来た時もあるんですから>
同部屋の先輩が、私の朝帰りを知っていました。
{そ・それは、里治さんの病状を聞いてて、
遅くなっただけですよ}
私は慌てました。
[わかってるから、怒るな…
冗談だよ!あんないい女が俺達みてぇな
半端者を相手にするか!…いいからお前も飲め…]
仲井さんのこの一言には、救われました。
仕事終りに一杯飲むのは、当時の私達には楽しみな時間でしたが、
先輩達のエロ話しには正直、馴染めませんでした。
まして、話の肴が亜希子さんに及ぶ時は、許せない思いだったのです。
そして、私が生前の里治さんに会ったこの日から
五日後、里治さんは亡くなられました。
残念ながら、里治さんのご両親が上京された時には、
里治さんは昏睡状態に陥っていたと亜希子さんから聞きました。
慌ただしく葬儀も終り、亜希子さんは、本当にひとり切りになってしまったのです。
それでも亜希子さんは気丈に店を続けました。
店が終り、二階に上がると、疲れ果てた亜希子さんはラジオから流れる
音楽を聴きながらお酒を飲んでいました。
なんとも寂しそうな姿でした…。
(あっ…龍ちゃん、お疲れさま…飲む?…)
亜希子さんはそう言って、そっとコップを出してくれました。
その姿があまりにも、か弱く思えた私は、亜希子さんの差し
出すコップの上から、手を重ねたのです。
(龍ちゃん…私…今…優しくされたら…崩れてしまう…)
そう言う目から涙が溢れました。
ギリギリの思いで店を続けているのは、私にもわかっていました。
{亜希子さん!…俺…ずっと、そばにいるから…}
私は、この時本当にそう思ったのです。
(うん…ありがとう…。でもね龍ちゃん…
龍ちゃんはまだ若いから…世間ではもう噂になってるわ…)
わかっていました…面白可笑しく、好奇の目で私達を噂していることは…
{そんなの関係ないよ…俺は亜希子さんが好きなだけだ…}
(うん…本当は私だってうれしいのよ…でも…
あの人が亡くなって、まだ日にちが…私がいけないのよ…)
{亜希子さん…その言葉はもう言わない約束だよ}
(うん…ごめんね…でも…龍ちゃんを変な目で見られるのはつらいの)
私は世間の目なんてどうでもいい…そう思っていました。